OLYMPUS PEN EE-3 D.ZUIKO 1:3.5 f=28mm
次の写真展のタイトルは「ソラとウミの間には」です。
見ていただくと分かるとおり「ソラ」と「ウミ」の写真でいっぱいになる予定です。(これで空と海の写真が1枚も無かったら、それはそれで面白いんですけど。)
タイトルとコンセプトだけは半年前から決めていて、「海」と「空」をカタカナ表記にしたのはフライヤー(写真展のお知らせハガキ)を制作したときに衝動的に・・・です。
「間」を漢字表記にしたのは無意識でした・・・。
このフライヤーが刷り上がりまして、実物を眺めていると不思議な気持ちになります。「なんで間を漢字で書いたんだろう・・・。」って。
そんな事を考えていると「間」って言葉が凄く気になってきました。
間・・・あいだ、ま。
AとBのあいなかにある空間を「間(あいだ)」と言います。(あ、くうかんのかんも間か)
人と人との関係を「間(あいだ)柄」って言いますね。
距離的や時間的に離れている状態を「間(ま)」と言います。
もしかすると「気持ち」的な距離感も「間(ま)」なのかもしれません。「間違える(まちがえる)」ってのは自分や他人が想っていた(気持ち的に)ものと違うものが出てきてしまった状態なのかな・・・?
「間」ってなんか素敵な言葉だなぁと思ってきました。
自分は独りじゃないんだよって言葉に思えてきて。
そう考えると、ヒトを表す「人間」って言葉にも「間」が含まれますね。
「人」と「人間」の違いってきっとあるんだと思います。
お友達にしろ知り合いにしろ上司部下にしろ、きっと自分と他人の間には「間」が存在します。ただこの「間」は自分にとって(相手にとって)「良い間」と「悪い間」っていうのが絶対にあります。
損得だけではなく、相性ってわけでもなく「交わらない方がお互いのため」だという「間」も絶対にあるんだと思います。
ただ、間違いなく言えることは、その他人と向き合ったからこそ「間」が発生したということ。その向きあうことが大切だと思うのです。お互いの目線の先にお互いがいない限り(お互い興味を持たない限り)、お互いの間に「間」は生まれないんですよね。
なんとなくそう思いました。
それを間違えずに生きて行きたいなぁと思います。
空と海の間で生きている人間。
その目線は何と向き合っていると思いますか?






